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学校沿革

 本校は、昭和28年4月1日に大府小学校分校、同年9月1日に大府中学校の分校、昭和39年4月1日愛知県立名古屋養護学校の分校を経て,昭和47年4月1日に愛知県立大府養護学校として開校しました。開校当時は、高瀬俊康初代校長の「大府養護学校を日本一の病弱養護学校にする」との強い思いのもと,小学部52名、中学部33名でスタートしました。その後、隣接する国立療養所中部病院に入院治療する児童生徒が増え、開校から3年目の昭和49年度には、全校児童生徒数は100名を超え、昭和49年度に、高等部を設置しました。
 国立療養所中部病院以外の病院に入院治療している児童生徒への学習支援は、昭和51年に開始した病院への訪問教育からです。昭和54年度養護学校義務制実施により、訪問教育から施設内教育が分離し、校内、施設内、訪問といった現在の本校教育形態が整いました。同時に、小学部54名、中学部49名、高等部42名、施設内教育57名、計202名という全国的にも大規模校の仲間入りをしました。 児童生徒数は,昭和58年度で小学部56名,中学部68名,施設内教育72名、訪問教育28名、計264名でピークを迎え、その後、在籍数は年々減少し、平成13年度からは100人前後と在籍数は安定してきました。その間、病院は国立療養所中部病院から県立あいち小児保健医療総合センターへ衣替えし、医療技術の発展や医療制度等の改変により児童生徒の在籍期間は短くなりました。


昭和28 大府町立大府小・中学校大府荘分校として認可された。
昭和39 県立教員保養所の廃止にともなって、その建物を利用し愛知県立名古屋養護学校大府分校が設置された。
昭和45 校地、現在地に移転、本館竣工
昭和46 教室棟竣工
昭和47 愛知県立大府養護学校として独立
(小学部6学級・中学部3学級、児童生徒数85名)
昭和48 体育館竣工  ベッドサイド学級(小学部2・中学部1)設置
昭和49 高等部設置、小学部重複障害学級1学級設置
昭和50 校舎敷地10,151㎡造成完了
昭和51 病院訪問教育開始  中・高等部棟(B棟)増築(昭和53年まで継続)
昭和54 養護学校義務制にともない施設内教育あかしやを開始
昭和55 管理棟竣工  スクールバス運行開始。
昭和56 創立10周年記念事業  給食開始
昭和57 新体育館竣工
昭和58 プール完成  グラウンド整備完了
昭和59 訪問教育のあった4病院で施設内教育を開始
平成元

管理棟エレベーター設置  器具庫、グラウンドにトイレ完成
施設内教育三菱病院・あかしや廃止
平成3 創立20周年記念事業
平成5 平成3・4・5年度文部省特殊教育実験学校研究発表会開催
平成13

創立30周年記念事業  給食棟改修工事完了  
あいち小児保健医療総合センター連絡通路完成
平成26 愛知県立大府特別支援学校に校名変更
平成27 校歌、校章改定


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